木曜日, 2月 16, 2006

読売新聞記事からーパーソンドケア

人格尊重 認知症ケア…「パーソンセンタードケア」始まる
急がせない・無視しない・「もの扱い」しない
 認知症(痴呆(ちほう))ケアの世界に、新しい風が吹き始めた。パーソンセンタードケア(その人を中心にした介護)と呼ばれる考え方だ。イギリスで生まれ、欧米各国に広まった。日本でも導入が始まっている。(斎藤雄介)
 群馬県沼田市の老人保健施設「大誠苑(たいせいえん)」では2004年春、入居者が一斉に食事していた大食堂を2か所に分けた。少人数に分けることで職員の目が行き届き、ゆったりした雰囲気になった。
 パーソンセンタードケアの考えに基づく「認知症介護マッピング(その人の状態の地図を作るという意味)」という評価を受けた際、食事時のケアに問題が指摘されたためだ。
 入居者の口に食べ物が残っているのに、職員が空いた食器を下げたことが、「急がせた」と指摘された。また、職員が食器のふたを取って、食器カゴに投げ込んでいたことも、「不必要に大きな音を立てた。入居者の自尊心を傷つける可能性がある」。
 パーソンセンタードケアの考えでは、「急がせる」「できることをさせない」「無視する」「もの扱い」などの行為が認知症の人を傷つけていると考え、特に良くないこととして記録される。
 「がく然とした」と、施設長の田中志子(ゆきこ)さんはいう。「私たちのどこかに『この人たちはどうせわからない』という意識があったのだと思う。家庭でもレストランでも食器を投げたりしないのだから」
 職員は改善方法を話し合い、不必要な物音を立てず、走り回らずにケアをすることにした。静かに、ゆっくり食事ができるようになった。
 頻繁にナースコールを鳴らす女性が職員から無視されていたのも問題になった。「用もないのにナースコールを鳴らす困った人」というのが職員の意識だった。
 しかし、田中さんは、その女性が自力では排便が難しいことに注目した。「ナースコールで便意を訴えていたのを、職員が理解しなかったのではないか」と推測し、「最低、1日1回はトイレにすわる」などの改善を行った。その結果、トイレの不安が薄れ、訴えは減少した。
 パーソンセンタードケアは英国ブラッドフォード大学の故トム・キットウッド教授が提唱した。パーソンセンタードケアを実現するために開発された手段が「認知症介護マッピング」。訓練された評価者(マッパー)が、お年寄りの行動を5分ごとに6時間以上にわたって観察。その様子や職員のかかわりなどをもとに、お年寄りの状態を記録するのが大きな特徴だ。
 日本でのパーソンセンタードケア導入の窓口になっている認知症介護研究・研修大府センター(愛知県大府市)では03年度から研修を実施しており、すでに58人のマッパーを育てた。イギリスで研修を受けた日本人も10人以上いるという。
 「お年寄りの側から見ることで良いケアを考えるヒントを提示し、職員の応援をしたい」。大誠苑でマッピングを行った特定非営利活動法人「シルバー総合研究所」(東京)の桑野康一・主任研究員は話す。
 お年寄りの立場で考える 縛らない・薬使わない
 厚生労働省から委託され認知症の研究を行う「認知症介護研究・研修東京センター」の長谷川和夫センター長は、「パーソンセンタードケアとは、その人らしさ、人格を尊重するということ。認知症の人を、個人として、人間として見ることです」と言う。そのためには、医学的、身体的症状だけを見るのではなく、性格や趣味、ライフスタイル、個人の歴史などを知ってケアを行うことが大切だと話す。
 人はだれでも、なぐさめ、仲間、自分の役割などを求めている。「認知症の人もこうした欲求が満たされれば、落ち着いて居場所を見いだすことができます」
 認知症介護研究・研修大府センターでマッピングの導入に当たっている水野裕・非常勤研究員は「認知症介護マッピングは認知症の人の側に立ってケアを考えるためのきっかけになり、パーソンセンタードケア導入の手がかりになる」と説明する。
 水野さんが老年精神科部長を務める一宮市立市民病院今伊勢分院(愛知県)でも、パーソンセンタードケアの理念に基づいて「縛らない、薬を使わない」ケアを実現してきた。
 他の施設や病院で縛られていたという患者が来ても、自由にして様子を見ると落ち着きを取り戻すことは多い。
 「認知症は医学的には改善しないことが多い。しかし、その人らしさを大事にすることを考えれば工夫のしがいがある。職員のアイデアも出てくる」と話す。
 [etc・えとせとら] 人間関係 取り戻す
 パーソンセンタードケア関連の本が昨年、日本で相次いで出版され、注目されている。
 家族介護者やボランティア向けに実践的に書かれた「認知症の介護のために知っておきたい大切なこと」と、理論を説明した「認知症のパーソンセンタードケア」は筒井書房(東京)の発行。また、実際のケア事例を集めた「パーソン・センタード・ケア」が「かもがわ出版」(京都市)から発売された。
 「認知症のパーソンセンタードケア」を翻訳した高橋誠一・東北福祉大教授は「認知症になると、何もわからない人と見なされ、人間関係を失ってしまう。周囲との関係を取り戻すことが必要だとキットウッド教授は考えた。具体的な方法論も書かれている」と説明する。
(2006年2月15日 読売新聞)

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